毒をもって毒を制する    (2005/12/13)


ちょと物騒なタイトルですが、最近ボツリヌス毒素を利用した治療法が普及してきています。週刊誌やテレビでも話題になる、欧米で行われている皺をとる『ボトックス注射』がこれに相当します。本来は、健康保険では眼瞼痙攣や片側顔面痙攣、痙性斜頸の治療に使用されています。
 その効果は、
眼瞼痙攣と痙性斜頸で約3〜4ヶ月、片側顔面痙攣で約4〜5ヶ月で、効果が薄れる前に次の注射をします。

ボツリヌス毒素の効果は、神経と筋肉の接合部に作用して、脳からの指令を伝えさせないというもので、痙攣を起こしている筋肉に注射します。使用するボツリヌス毒素はごく微量で、重い副作用の心配はほとんどありません。ボツリヌス毒素の効果には個人差があり、安全性の面から、初回治療では十分効果が得られない可能性があり、その結果を見て2回目からの投与量を調整する必要があります。
 副作用は10%程度の確立で発現し、眼瞼痙攣の治療の場合は、眼瞼下垂、閉瞼不全、兎眼、複視等が起こることがあります。

 眼瞼痙攣は、目の周りを取り囲んでいる筋肉(眼輪筋)が、本人の意思に関係なく、ピクピクと痙攣を起こす病気(局所性ジストニー)です。眼瞼痙攣の原因は疲れではなく、大脳の中枢でまばたきをつかさどる部分に異常が起こるためと考えられています。その異常のメカニズムははっきりとは解明されていませんが、心理的な影響や薬の副作用なども病気につながるきっかけと考えられています。

 眼瞼痙攣の代表的な症状は、1.普段の生活で接する光が、妙にまぶしくなったり、2.目をつぶっていたい、目が乾く、しょぼしょぼしてうっとうしい等、目に違和感を覚える、3.両目の周りのピクピクした痙攣が1ヶ月以上も治らない、4.瞬きが増えて、ひとつのものをじっと見ることが困難になる等で、しかも強く執拗に訴えるのが特徴です。また、5.歩行中、自転車に乗っている時、自動車を運転している時などのトラブルや事故が多くなることもあります。

 眼瞼痙攣という病気の進行はとてもゆっくりですが、そのまま放置すると症状がどんどん悪化します。重症になると瞼が開かなくなり、ものを見ることが出来なくなります。眼瞼痙攣の患者さんは、主に40〜50歳代で、女性は男性の2倍以上の発症率で、全国で数千人いると言われています。

 一方、片側顔面痙攣は、顔の表情を作る筋肉が無意識のうちにピクピク痙攣する病気です。その症状は眼瞼痙攣と似ている部分があります。眼瞼痙攣は両目に起こりますが、片側顔面痙攣では、片方の眼の周り(特に下側)から痙攣が始まる点が違います。その後は痙攣を起こした目と同じ側の額、頬、口、顎などへ広がっていき、痙攣の程度が強いと、顔がキューッと突っ張って、顔の表情が歪んだ状態になります。

 片側顔面痙攣は、顔面神経が血管に圧迫されて引き起こされる病気です。多くの場合、高血圧や動脈硬化が原因で、脳の血管が延長・蛇行して、顔面神経を圧迫することで神経に興奮が起こり、顔面の痙攣やゆがみとして現れます。

 尚、よく片眼の瞼の一部がピクピク動くことがありますが、その多くは正常者でも見られる良性の眼瞼ミオキミア(不随意の微細な波動性の筋収縮運動)で、疲労や寝不足、ストレス、緊張やイライラなどが原因で一時的に出現します。これは、ボツリヌス毒素療法の対象にはなりません。

   「けいれん」に悩む患者さんの相談窓口:フリーダイアル 0120−611−094

       患者さんのためのホームページ: http://www.btx-a.net/

   
     参考文献:気になる「けいれん」を治す本 岩田誠 監修、大澤美貴雄 著 

               眼瞼けいれんと顔面けいれん 若倉雅登 日眼専門医制度生涯教育講座


   涙の話    (2005/10/30)


「水」は、人間に限らず生き物が生きて行くには無くてはならないものです。同じように「涙」も目には無くてならないものです。今回は、そんな「涙」の話です。

涙は、主に上眼瞼の外側あたりにある「涙腺」から分泌されます。ここから出た涙は、涙のポンプの働きをする瞬きによって目の表面に一定量の涙が送り込まれ、表面を一様に潤した後、約10%は蒸発し、余分な涙は瞬きをするたびに瞼の鼻側にある小さな穴の「涙点」から「涙小管」「涙嚢」「鼻涙管」を通り鼻腔に排出されます。 

涙は目が正常な働きをするために欠かせないものです。その主な働きには、目の表面を外界から守り、乾燥を防ぐ。角膜に酸素や栄養を届ける。鮮明な像を結べるように角膜表面を滑らかに保つ。細菌等の侵入や感染を防ぐ。ゴミやほこりを洗い流すなどがあります。

涙はわずか7ミクロンの薄い膜でできており、外側から「油層」「漿液層」「ムチン層」の三層から成っています。「油層」はコップに油を一滴垂らした時のように薄い膜を張って涙の蒸発を防ぎ、その脂質はマイボーム腺から分泌されます。「漿液層」は涙の98%を占めており、多くの成分は血漿よりかなり希釈された濃度になっています。「ムチン層」は涙が流れ落ちないように目の表面に粘着する糊の役目を果たし、多くは結膜杯細胞で産生されています。

涙は弱アルカリ性で、脂質やムチン以外では、抗菌物質や免疫物質である種々の蛋白質やナトリウムやカリウム等の電解質を含みます。嬉しい時、悲しい時は副交感神経が働き、薄い水っぽい涙が出て、悔しい時や腹が立つ時は交感神経が働き、塩辛くしょっぱい涙が出ます。

涙の一日の量は大人で0.6〜1CC、子供で約1.35CCといわれています。寝ている時はほとんど涙は出ていません。涙の量を測るには、シルマーテストという検査法があります。これは5ミリ幅の短冊状の濾紙を下眼瞼に5分間差し込んで、その濡れた長さを測ります。10ミリ以上が正常です。

                   参考文献:涙の話 参天製薬  監修:ハマノ眼科 濱野 孝
                          
目の事典
 奥澤康正著


 目とサプリメント   (2005/7/18)


 サプリメントとは、英語で「補給」という意味で、不足しがちなビタミンやミネラルなどの特定の栄養素を補うための「栄養補助食品」です。目に効くサプリメントとしては、ブルーベリーに含まれるアントシアニンが有名です。

 目に入った光が網膜に届くと、網膜にあるロドプシンという色素が退色分解されます。そのロドプシンの再生を助けるのがアントシアニンと言われています。アントシアニンの視機能に対する作用としては、眼精疲労による調節力の改善効果、夜間視力の改善傾向がみられたという報告や視力回復効果、眼の疲労感の自覚症状の改善に有効であるという報告がありますが、白内障、緑内障や糖尿病網膜症等の病気が治るという科学的証拠はありません。

(ブルーベリーについてはこちらをご覧下さい。)

 一方、2001年にアメリカの国立眼研究所から、
あるサプリメントが加齢黄斑変性症の進行を予防することが報告されました。加齢黄斑変性症は、日本でも高齢者の増加に伴い最近増えてきている疾患で、網膜の中心部である黄斑部が障害されるため、中心部の視機能の低下が著しい病気です。光線力学療法が保険適応になりましたが、対象が限られており、現在も様々な研究が行われています。
 加齢黄斑症は「初期加齢黄斑症」と「後期加齢黄斑症すなわち加齢黄斑変性症」に分けられ、更に後期加齢黄斑症は萎縮型と滲出型(日本人に多い)に分類されます。2001年の九州大学の久山スタディーでは、初期加齢黄斑症は13.6%、後期加齢黄斑症は0.87%と報告されており、
日本人の推定患者数は初期加齢黄斑症は648万人、後期加齢黄斑症は43万人と推計されています。

 以前にビタミンA,C,Eの豊富な野菜や果物を多く取ると加齢黄斑変性症が41%少なくなると言う報告がありましたが、今回
抗酸化物質としてビタミンC500mg、ビタミンE400IU,βカロチン15mg(ビタミンA換算25,000IU)が配合され、更に亜鉛80mgと銅2mgが加えられたサプリメントが、加齢黄斑変性症の進行、視力低下や新生血管発生のリスクを軽減することが明らかになりました。具体的には、進行期の加齢黄斑変性症への移行リスクを25%少なく出来る、言い換えれば4人に1人は進行期加齢黄斑変性症による高度の視力障害から救済できる可能性があります。

 加齢黄斑変性症の発症、進行に関与する危険因子には1.喫煙、2.紫外線、3.食品(抗酸化栄養素)、4.高血圧があります。患者さん自身でできることは、
禁煙、食事(緑黄色野菜、魚、果物摂取)、サングラス使用、血圧管理とサプリメント使用ということになります。

 最近では、紫外線や青色光を吸収して黄斑を保護する
ルテイン/ゼアキサンチンも話題になっています。
今回の研究に使用されたサプリメントの日本版についてはこちらをご覧下さい。

      参考文献: 第58回日本臨床眼科学会ランチョンセミナー EBMとしてのAREDS  
              加齢黄斑変性の初期病変 飯田 知弘、AREDSのアップデイト 白神 史雄

              


    アレルギー性結膜炎について   (2005/6/12)


 ようやく関東地方も梅雨入りをして、ジメジメした季節がやって来ました。4月5月の学校の眼科検診も終わり、子供たちはプールを楽しみにしています。今年のスギ・ヒノキの花粉症は史上最悪で、検診でアレルギー性結膜炎を指摘された児童生徒も多かったようです。

 近年アレルギー疾患が急激に増加して、
全人口の約15〜20%がアレルギー性結膜疾患を有すると推定されています。「アレルギー」という言葉は一般に過敏症として捉えられ、4つの型に分類されています。「アレルギー性結膜疾患」はそのうちの「T型アレルギー反応が関与している結膜炎で、何らかの自他覚症状を伴うもの」と定義されています。T型アレルギー反応が関与している結膜炎であれば、他の様式の炎症反応が混在していてもアレルギー性結膜疾患と考えられ、結膜の炎症性変化と掻痒感、眼脂、流涙などの何らかの自覚症状がある場合のみアレルギー性結膜疾患と診断することになっています。
 さらに、アレルギー性結膜疾患次の4つに分類されます。

 1.
アレルギー性結膜炎:結膜に増殖性変化が見られないアレルギー性結膜疾患で、症状の発現が季節性のものを季節性アレルギー性結膜炎といい、さらに花粉によって引き起こされるものは花粉性結膜炎とも呼ばれています。季節あるいは気候の変化により増悪、寛解があるものの、症状の発現が通年性(1年中)のものを通年性アレルギー性結膜炎といいます。

 2.
アトピー性角結膜炎:アトピー性皮膚炎に合併して起こる慢性の角結膜炎です。

 3.
春季カタル:結膜に増殖性変化が見られるアレルギー性角結膜疾患です。結膜における増殖性変化とは、眼瞼結膜(まぶたの裏側)の乳頭増殖や増大あるいは輪部結膜(黒目と白目の境界部)の腫脹や堤防状隆起を指しています。また、点状表層角膜炎や角膜びらん、角膜潰瘍などの種々の程度の角膜病変が見られることがあります。

 4.
巨大乳頭性結膜炎:コンタクトレンズ、義眼、手術用縫合糸などの刺激により引き起こされる上眼瞼結膜に増殖性変化を伴う結膜炎です。

 最近では、生活環境の複雑化に伴い、ハムスターなどのペットのよるものやシックハウス症候群などの新しい病型も報告されています。
 (尚、現在アレルギー性結膜疾患ガイドラインの見直し中ですので、今後変更になることがあります。)

 アレルギー性結膜疾患の治療の中心は「抗アレルギー薬」と「ステロイド薬」による薬物治療です。
抗アレルギー薬には化学伝達物質遊離抑制剤抗ヒスタミン作用が主となる薬剤があります。スギ花粉症のようにあらかじめ発症時期が予想可能な場合は、前者を花粉飛散予想日の2週間前から点眼することにより、症状の軽減や発症抑制も可能であるといわれています。後者は、掻痒感の軽減など即効性が中心となる点眼薬です。
 
ステロイド薬は、強い抗炎症作用や即効性も十分あり、点眼や注射が可能ですが、眼圧上昇などの副作用に注意する必要があります。
また、
免疫抑制点眼薬の治験が終了して、近い将来使用できると思われます。
 薬物以外では、春季カタルに対する巨大乳頭や輪部病変を
外科的に切除する方法があります。

  参考文献:アレルギー性眼疾患の分類と最近の話題 合田千穂他 日本の眼科 76:4号(2005)
         アレルギー性結膜疾患の診断と治療 内尾英一 日本の眼科 76:4号(2005)


    洗眼について    (2005/3/4)


今年のスギ花粉は、一部の報道では史上最高の飛散量という予測もありましたが、2月が思ったより寒く雪も多かった為、花粉症の症状も軽く、私自身もホッとしている所です。しかし、多摩地区の山々のスギの花粉の状況を見ると、これからが大変そうです。

例年、この時期になると花粉症のため、目を洗ってもいいですか、何で洗えばいいのですかという質問を受けます。基本的には、目を洗うことは有害無益です。それは、生きている海水魚を洗うことと同じことです。かつて、トラコーマが流行した昭和30年代から40年代には、目を洗うことが一つの治療でした。私も小学生の頃、10円玉を握り締め、毎日のように眼科に通って洗眼した記憶があります。おそらくホウ酸水で洗眼していたものと思われます。
(最近、性感染症の一つとしてトラコーマの原因であるクラミジアによる結膜炎が増えてきています。ご注意下さい。)

現在、当院で洗眼するのは、1.目に薬物や薬品・各種の化学物質が入ったとき(薬傷や腐食)や微細な異物が入ったとき、2.手術前の消毒、3.診察や検査で使用した試薬を洗い流すとき等に限られています。ただ単に気持ちいいから洗うということは行っていません。また、洗眼には『生理食塩水』(0.9%塩化ナトリウム)を使用しています。かつて使用されていたホウ酸は、あくまでも殺菌目的や防腐剤として使用されていますので、通常の洗眼には使用していません。あのゴキブリを殺すのに、ホウ酸団子を使用することを思い出して頂ければ分かると思います。

最近では、洗眼専用液が薬局で売っていますが、目を洗う前に、目の周囲の皮膚や睫毛の汚れを洗い流しておかないと、それらに付着した汚れやお化粧が目に入って逆効果になることがあります。また、一回洗眼すると目の表面が元に戻るのに、約15分かかるとも言われていますので、頻繁に行うことも良くありません。場合によっては、薬品の過敏症やアレルギーを起こして、状態が悪くなる人もいますので、ご注意下さい。

 花粉の飛散量が多い日には、外出から帰ったら、顔を洗い、目も洗って花粉を洗い流すのも、確かにアレルゲンを減らすという意味では有効と考えられます。しかし、家庭では生理食塩水は手に入りにくいので、防腐剤の入っていない人工涙液点眼を何回かに分けて数滴点眼して、花粉を洗い流すのが一番良い方法ではないかと思います。

 尚、薬傷等で緊急を要するときには、洗面器を水道水で満たして、その中に顔をつけて目を瞬きしたり、お風呂のシャワーを上に向けて目を洗ったり、ホウ酸を決められた濃度(2%以下、ホウ砂の場合は1%以下)に薄めて目を洗うことも、緊急避難的には可能であることも付け加えておきます。その後は、できるだけ早く眼科を受診してください。